WT1という遺伝子の異常に関連して発生する腎症です。主に蛋白尿やネフローゼ症候群(低アルブミン血症)を引き起こし, 最終的には腎不全へ進行する可能性があります。日本国内では, 遺伝子変異(遺伝子情報が変化すること)によって起こる蛋白尿の最も多い原因としてWT1関連腎症が挙げられます。特に, 先天性ネフローゼ症候群, 乳児ネフローゼ症候群と診断された場合の代表的な原因の病気の一つです。WT1遺伝子の異常は, Denys–Drash(デニス・ドラッシュ)症候群, Frasier(フレイザー)症候群, WAGR症候群(11p13欠失症候群)などの症候群と関連しており, 遺伝子の異常(Exonの異常, Intronの異常, 欠失)のパターンによって, 症状や発症時期, 併存症・合併症(腎症以外の病気)は大きく異なります。
Denys–Drash症候群(Exonの異常):腎症, 46,XY性分化疾患*, Wilms腫瘍** Frasier症候群(Intoronの異常):腎症, 46,XY性分化疾患, 性腺腫瘍 WAGR症候群(欠失):Wilms腫瘍, 無虹彩症***, 泌尿生殖器異常****, 精神発達遅滞
*染色体の核型が46,XYで, 性腺, 内性器, 外性器にさまざまな程度で男性化障害が生じる疾患
**腎臓内にできる悪性腫瘍
***眼の虹彩という部分が生まれつき欠損している状態
****性器の形態や機能異常
無症状や軽度のむくみから, 急速に腎不全へ進行し全身状態の悪化を引き起こす症状(活気不良, 経口摂取不良, 嘔吐, 浮腫, けいれん, 乏尿・無尿など)まで, 症状はざまざまです。変異のパターンによって腎症の発症や腎不全への進行は異なります。
変異ごとの腎症の発症・腎不全進行時期の一般的な目安
腎症 | Denys-Drash症候群(Exonの異常) | Frasier症候群(Intronの異常) | WAGR症候群(欠失) |
---|---|---|---|
頻度 | とても多い | とても多い | 比較的少ない |
発症時期 | 生まれてまもなく〜1歳 | 〜5歳 | 幼児期〜成人 |
腎不全 | 乳児期に多い | 学童期に多い | 学童期〜成人 |
臨床症状や併存症・合併症から疑われる場合, 遺伝子検査でWT1遺伝子の変異を特定することが確定診断となります。
WT1関連腎症に対する根本的な治療法は現在のところありません。蛋白尿を抑制する目的でレニン・アンジオテンシン系阻害薬を使用することがありますが, 腎不全の進行を遅延させる効果は証明されていません。腎機能が低下することにより, 高血圧, 電解質異常, 高尿酸血症, 貧血, 骨・ミネラル代謝異常, アシドーシス(血液が酸性に傾くこと)などが生じた場合, それに応じた内服薬や注射薬で治療します。腎臓の機能が正常の10-15%以下になると, 透析や腎移植などの腎代替療法(腎臓のかわりとなる治療)が必要になります。
また, 併存症・合併症に対する予防や治療も重要です。WT1関連腎症の臨床像は非常に多彩であり, 個々の患者さんで異なるため, 遺伝子の変異パターンに基づいて起こり得るリスクを正確に評価し, 必要な治療および予防策を検討することが求められます。性分化疾患やWilms腫瘍などの治療や予防には高度な専門性が必要なため, 各分野の専門家と連携した診療が望まれます。
A. 正確な全国の疫学データはまだ調査されていませんが, 2022年度に本研究班が特定の条件下で行った調査では, 日本においてに91人のWT1関連腎症の患者さんが確認されました。
A. WT1遺伝子は腎・泌尿器系の発生において重要な役割を果たしており, WT1遺伝子に変異があることで腎症が引き起こされることがわかっています。理論上, WT1遺伝子変異は一方の親から遺伝する(常染色体顕性遺伝)場合と, 両親に遺伝子変異がなくても突然変異で発症する場合がありますが, 突然変異であることがほとんどです。
A. WT1関連腎症の発症はさまざまで, Exonの異常の場合, 急な浮腫や活気不 良, 嘔吐などの全身の不調で受診され, 受診直後に腎不全に至ることもあります。Intronの異常の場合は無症状のことが多く, 学校検尿などで偶然発見されることや, Wilms腫瘍の発症や泌尿生殖器異常がきっかけで尿検査を行い, 診断されることもあります。欠失では, 無虹彩症, 精神発達遅滞, Wilms腫瘍, 泌尿生殖器異常など, 多彩な合併症があるため, 全身の精査の一環として診断されることがあります。
A. Exonの異常では早期に腎不全に至る可能性があり, その場合は透析を経て腎移植を目指します。腎不全に至った場合, Wilms腫瘍が発症するのを予防として両方の腎臓を摘出することが推奨されます。Intronの異常や欠失では, 比較的腎不全への進行が緩やかで, 慢性腎臓病としての管理を行いながら腎移植のタイミングを検討します。中には, 腎不全へ進行せずに経過する軽症の患者さんもいます。
A. 同じような症状でもWT1関連腎症ではなく, 他の病気である場合があります。遺伝子検査によってWT1関連腎症かどうかを診断することは重要です。また, 遺伝子変異のパターンによって今後の腎症の推移や腫瘍発症のリスクを含めた合併症を予測することが可能で, 今後の見通しや予防につながります。
A. WT1関連腎症は46,XY 性分化疾患という泌尿生殖器の発生異常を伴うことがあり ます。尿道下裂(陰茎の形態異常)や停留精巣(精巣が陰嚢内に納まっていない状態), 男性の性染色体を持ちながら女性に近い外性器や性腺の異常を伴うケースもあります。時には, 外見が完全に女性型であるにもかかわらず, 性染色体が男性である場合もあります。こうした場合, 性別の決定や性ホルモンの評価・補充, 性腺腫瘍のリスク, 外性器の形成術などの適応を考慮する必要があるため, 性染色体の検査はWT1関連腎症において重要です。
A. 小児の腎臓病を専門とする医師がいる施設が望ましいです。腎不全が考えられる場合は, 小児の透析が可能な施設で治療を行い, 小児の腎移植ができる施設で腎移植を行います。Exonの異常のように新生児期や乳児期に急激に腎不全に進行するタイプでは, 高度な集中治療管理や緊急血液透析の必要となる場合があります。その場合は, それらが可能な高度医療センターでの治療が推奨されます。また, 本疾患は内分泌, 泌尿器, 腫瘍などの専門知識が必要で, これらの専門家がいる施設であると理想的です。
A. 通常, Wilms腫瘍のリスクのある患者さんでは, 6歳頃までは3か月に1回の超音波 検査で腫瘍がないかを確認します。すでに腎不全に至り, 腎臓の機能がない場合は, 予防的に腎臓を摘出することでWilms腫瘍の予防が可能です。
A. 性腺腫瘍は, 性腺を事前に摘出することで予防できます。しかし, 性腺の摘出は妊孕性に影響を及ぼすため, その必要性や適応を専門家に適切に評価してもらい, ご家族や本人と話し合って決定する必要があります。通常, 性染色体がXXの患者さんでは性腺腫瘍のリスクは極めて低いため, 摘出の必要はありません。
A. 腎移植により腎臓の機能が回復し, 透析から解放, 腎不全症状の改善, 食事 や水分制限の緩和, 生活の質の向上, 成長や発達の向上などの生活が期待されます。 しかし, 腎移植を行えばそれで終わりというわけではありません。生涯にわたり, 免 疫抑制薬を内服し, 移植した腎臓を守る必要があります。また, 移植した腎臓が永久 に生着することは難しく, 数十年後に再度の腎移植や透析が必要となることがあり ます。ただし, 移植後にWT1関連腎症が再発することはありません。