エプスタイン症候群とは、1) 巨大血小板性血小板減少症、2) 進行性腎障害、3) 感音性難聴の3つの症状を示す遺伝性の病気です。1) の巨大血小板性血小板減少症では、エプスタイン症候群のすべての患者さんにおいて、生まれた時から血液検査で巨大な血小板が認められます。巨大血小板性血小板減少症が見つかることで早期に診断される患者さんもいます。一方、2) 進行性腎機能障害、3) 感音性難聴は、発症時期が患者さんによって異なります。腎機能障害を早期に発症する方では、5~13歳頃から検尿で蛋白尿や血尿を認めるようになり、10代後半以降に蛋白尿の増加とともに腎臓の機能が低下していきます。腎臓の機能が早期に低下する患者さんは、難聴も蛋白尿と同じ時期に出現し、蛋白尿の増加とともに進行していきます。
エプスタイン症候群の患者さんでは以下の3つの症状を認めます。
1) 巨大血小板性血小板減少症
2) 進行性腎機能障害
3) 感音性難聴 (高音性)
まれに白内障を認める患者さんがいます。以下に、それぞれについて詳しく説明します。
血小板は、血管が傷ついた時にその場所に接着し、血管の穴を閉じる働きを持っています。病気のない人では、血液の血小板はおおよそ15〜40万/μLなのに対して、エプスタイン症候群の患者さんでは2万〜数万/μL程度、あるいはそれ以下(数千/μL)です。そのため、けがをした時や、手術した時などに出血が止まりにくくなります。エプスタイン症候群の患者さんは、乳幼児期以降に、血小板減少症による出血傾向により発見されることがあります。血小板が減少する他の病気と診断されて、免疫を抑える治療がされることも多くあります。また、エプスタイン症候群の患者さんは、血小板の数が少ないとともに、血小板の形が大きく(巨大血小板)、その特徴からエプスタイン症候群と診断されることが多いです。エプスタイン症候群の患者さんでは、血小板数がきわめて少ない場合でも、重篤な出血をおこすことはまれです。ただし、やはり出血しやすいことは事実ですから、とくに頭部外傷による頭蓋内出血には十分な注意が必要です。手術を受ける際には、血小板を輸血することが必要な場合があります。
エプスタイン症候群の患者さんで問題になるのは、「進行性腎機能障害」です。進行の早いタイプの遺伝子の変異(R702変異、S96変異)をもつ患者さんでは、5~13歳頃に蛋白尿を主体とした検尿異常が出現し、その後の腎機能は比較的早期に悪化し、20歳前後で末期腎不全(透析または腎移植が必要な状態)に至ることが多いと言われています。それ以外のタイプでは、腎機能障害の進行の速さはさまざまです。早期から血圧を調節する薬(アンギオテンシン受容体拮抗薬)を服用することで、蛋白尿を減らし、腎機能障害の進行を遅らせることができる可能性がありますが、その効果はまだはっきりしていません。透析や腎移植を受ける際には手術が必要ですが、血小板を輸血することで、安全に治療を行うことが可能となっています。
難聴と腎機能障害はほぼ比例する(腎機能障害が重い患者さんは難聴の程度も重い、逆に、腎機能障害が軽い患者さんは難聴の程度も軽い)と考えられています。難聴は、他の遺伝性難聴と同じように、高音域(6000〜8000Hz)の音が聞きにくい高音性難聴(感音性難聴とも言います)を呈します。低音〜中音域の聴力は比較的保たれるので、高音域の難聴が相当に進行しても、補聴器なしである程度の音を聞き取ることが出来ます。難聴がどの程度かは、耳鼻科で「オージオグラム」という検査方法によって正確に測定してもらう必要があります。必要な場合は、補聴器を使用したり、人工内耳の手術を受けます。
多くの遺伝性疾患のように、エプスタイン症候群も、現時点では「根本的な治療方法」はありません。エプスタイン症候群には上記のように3つの主要な症状があります。
血小板減少症は、手術を受ける際には血小板の輸血をすることがありますが、日常生活では頭部外傷(頭蓋内出血)に気をつけて生活をして頂く以外には治療は必要ありません。
進行性腎機能障害については、蛋白尿が出現した場合、腎機能低下の進行を遅らせる可能性があるアンギオテンシン受容体拮抗薬という血圧を下げる薬が有効かもしれません。それでも、進行の早いタイプの遺伝子の変異をもつ患者さんでは、ほとんどの方が「透析医療」や「移植医療」が必要となります。透析(血液透析または腹膜透析)や腎移植は、出血傾向に対して十分配慮することで、エプスタイン症候群の患者さんでもほとんどの場合安全に行われています。
感音性難聴については、定期的に聴力検査を受け、必要となれば、補聴器を使用したり、人工内耳の手術を受ける場合もあります。
エプスタイン症候群については、2000年以降に原因の遺伝子が判明するまで、あまり知られておらず、他の病気(特発性血小板減少性紫斑病、アルポート症候群など)と間違えて診断されているケースが多くありました。日本でどのぐらいの数の患者さんがいるのかははっきりとは分かっておりません。調査からは、日本に200人前後の患者さんがいると推測されています。今後、この病気がよく知られるようになると、もう少し多くの患者さんが発見される可能性もあります。
エプスタイン症候群は、遺伝する病気であることがはっきりしています。血小板を作る細胞、腎臓の細胞、耳の中の音を感じる細胞において、細胞の形を整えたり、維持したりする分子に生まれつき異常があるために症状が出現します。この分子の名前は、非筋性ミオシン重鎖ⅡAという分子です。ミオシンという分子には色々な種類があり、筋肉においては運動機能を発揮しますが、非筋性ミオシン重鎖ⅡAは、筋肉以外の細胞で、細胞を形作る機能を担っています。このような機能のために細胞骨格分子と呼ばれます。エプスタイン症候群では、非筋性ミオシン重鎖ⅡAの設計図である遺伝子(MYH9と呼ばれる遺伝子)に生まれつき異常があるため、非筋性ミオシン重鎖ⅡAが重要な働きをしている、血小板、腎臓、耳に異常が生じるのです。
この病気は、遺伝する病気であることがはっきりしています。遺伝形式は、「常染色体優性遺伝」という遺伝形式を示します。常染色体優性遺伝は、性別に関係なく、両親のいずれかが病気である場合、その子供には、50%(1/2)の確率で病気が遺伝します。一方で、両親ともに異常がなく、子どもだけに突然変異が起こって病気を発症する場合も多いです。この場合、その子が成長して親になった場合、その子供には50%(1/2)の確率で病気が遺伝します。
血小板減少症は、生涯にわたり変化はありません。大きな出血を避け、手術などやむを得ない場合には必要に応じて「血小板輸血を行う」ことで生命には問題ありません。一方、蛋白尿が出現し、腎機能障害が進む可能性がある患者さんでは、アンギオテンシン受容体拮抗薬が病気の進行を遅らせる可能性があります。しかし、それでも腎機能障害が進行し、末期腎不全にいたった患者さんには、透析(血液透析または腹膜透析)や腎移植を受けて頂くことになります。腎機能障害が早く進むタイプの遺伝子の変異(R702変異、S96変異)の患者さんでは、20歳前後に透析や腎移植が必要となることがほとんどであることが分かってきています。日本では、エプスタイン症候群の患者さんに対しても、透析や腎移植が十分に問題なく施行されているので、適切な施設でこうした治療を受けることが出来ます。難聴に関しては、腎機能障害が進むのと比例して難聴が進行することが多いです。補聴器でも十分でない状態に至った場合には、人工内耳の手術を受けることがあります。このように、エプスタイン症候群では、腎機能障害と難聴は進行しますが、腎機能障害の進行を遅らせる可能性のある薬物療法や、最終的な透析や移植といった代替療法がありますので、主治医の先生とよくご相談することが何よりも重要です。
血小板減少症に関しては、厳しい制限は不要ですが、大きな出血は避けてください。具体的には、激しい身体の接触をともなうスポーツや遊びは勧められません。腎機能障害の診療はとくに重要です。腎機能障害の程度にあった生活や投薬(高血圧を発症すれば塩分制限が必要になりますし、腎不全が進行すれば薬物治療が必要になります)を受けるように主治医とよくご相談ください。
注: 巨大血小板性血小板減少症は生下時から認められるが、2、3に関しては5歳以降に発症する。
Definite:Aの1.及びBの2項目を全て満たすもの
巨大血小板性血小板減少症は特発性血小板減少性紫斑病の重症度分類でstageⅡ以上、聴覚は高度難聴以上、腎はCKD重症度分類ヒートマップが赤の部分のいずれかを満たす場合を指定難病の対象とする。
<巨大血小板性血小板減少症>
特発性血小板減少性紫斑病重症度分類stageⅡ以上を対象とする (表1)。
表1 特発性血小板減少性紫斑病の重症度分類
*1 皮下出血:点状出血、紫斑、斑状出血
*2 粘膜出血:歯肉出血、鼻出血、下血、血尿、月経過多など
*3 重症出血:生命を脅かす危険のある脳出血や重症消化管出血など
<感音性難聴>
高度難聴以上を対象とする。
※500 Hz、1000 Hz、2000Hzの平均値で、聞こえが良い耳(良聴耳)の値で判断。
<進行性腎機能障害>
CKD重症度分類ヒートマップ
赤の部分を対象とする(表2)。
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1. 病名診断に用いる臨床症状、検査結果等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合は、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、該当疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限られる)。
2. 治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3. なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。