ネイルパテラ症候群

ネイルパテラ症候群とは

ネイルパテラ症候群(爪膝蓋骨症候群)は爪(形の異常)、肘関節(変形)、膝蓋骨(小さいあるいは無い)、腸骨(突起がみられる)の四つの異常を特徴とする遺伝性疾患です。しばしば腎臓病を合併します。爪、肘や膝、腸骨などの変化を伴わないにもかかわらず、爪膝蓋骨症候群と同様の腎症だけを呈する場合もあり、これをLMX1B関連腎症と呼びます。

ネイルパテラ症候群の症状

ネイルパテラ症候群では爪の形の異常や、膝蓋骨がないなどの膝の異常、肘関節の運動制限などが見られるほか、レントゲンでの腸骨に突起が見られることもあります。このうちの1つあるいは複数の症状のみを呈する場合がありますが、爪の異常はほぼ全例で認められます。また緑内障や眼圧亢進が一般集団より高頻度に、またより若年でみられます。約半数の患者さんで腎臓の病気を合併します。腎臓病としては軽度の血尿や蛋白尿のみの場合もありますが、蛋白尿が高度な場合や、腎機能が悪化して末期腎不全となる例も報告されています。 LMX1B関連腎症ではネイルパテラ症候群で認められる腎臓病だけを呈し、腎臓以外の臓器に症状はありません。

ネイルパテラ症候群の治療

爪膝蓋骨症候群における爪、膝、肘関節の異常に対しては特異的な治療法はありません。鎮痛薬や装具(ブレースといいます)の装着を要することがあります。また一部の患者さんで関節症状や緑内障に対して手術療法が必要になる場合があります。また腎症に対しては腎機能に応じた慢性腎疾患の治療が行われます。

Q&A

1.この病気の患者さんはどのくらいいるのですか

海外の報告では5万人に一人とされていますが、国内での報告件数からはそれよりも稀と考えられます。本邦での正確な頻度は不明です。

2.この病気はどのような人に多いのですか

発症について人種差などは報告されていません。遺伝的要因で起こることから一つの家系で複数人の方が発症する場合があります。

3.この病気の原因はわかっているのですか

LMX1Bという遺伝子の異常が原因であることがわかっていますが、この遺伝子に異常が見つからない患者さんも報告されています。

4.この病気は遺伝するのですか

優性遺伝形式をとる遺伝病であり、ご両親のどちらかがこの病気をお持ちの場合には2分の1の確率でお子さんに遺伝します。ただ、突然変異により家族内で初めて発症する場合もあります。また同じ変異を持つ家系内の患者さんでも一人一人症状や重症度が異なることがあります。

5.この病気はどういう経過をたどるのですか

爪、膝、肘関節の異常は年齢により軽快することはありません。腎症の程度は患者さんによって様々で、一部の症例では末期腎不全へと進行します。

6.この病気は日常生活でどのような注意が必要ですか

関節の異常がある場合には運動の制限などが必要になる場合があります。また腎臓病の合併の有無について定期的な尿検査が必要です。学校や検診の検尿なども含めて、尿所見異常が見つかった場合には腎臓の機能について定期的な検査が必要になります。

診断・治療指針
(医療従事者向け)

○ 概要

  • 概要
    ネイルパテラ症候群(爪膝蓋骨症候群)は、爪形成不全、膝蓋骨の低形成あるいは無形成、腸骨の角状突起(iliac horn)、肘関節の異形成を4主徴とする遺伝性疾患である。しばしば腎症を発症し、一部は末期腎不全に進行する。原因はLMX1B遺伝子変異である。 爪、膝蓋骨、腸骨などの変化を伴わず、腎症だけを呈するネイルパテラ症候群様腎症(nail-patella-like renal disease:NPLRD)や巣状分節性糸球体硬化症患者にも、LMX1B遺伝子変異を原因とする例が存在する。これら一連の疾患群はLMX1B関連腎症と呼ばれる。
  • 原因
    ネイルパテラ症候群の原因はLMX1Bの遺伝子変異である。本症候群の大部分(9割近く)においてLMX1B遺伝子変異が同定され、これまでに130種類以上の変異が報告されている。 またNPLRDの一部の症例でLMX1B遺伝子変異が同定されている。さらに次世代シークエンス技術の進歩により、巣状分節性糸球体硬化症患者やステロイド抵抗性ネフローゼ症候群患者においてもLMX1B変異が見いだされる場合がある。 腎症発症メカニズムとしてはこれらの症例はいずれもLMX1B変異による腎糸球体上皮細胞機能障害が推定される。
  • 症状
    (1)ネイルパテラ症候群(爪膝蓋骨症候群)
    爪形成不全、膝蓋骨の低形成あるいは無形成、腸骨の角状突起(iliac horn)、肘関節の異形成がみられるが、このうちの1つあるいは複数の症状のみを呈する場合がある。また緑内障・眼圧亢進が一般集団より高頻度に、より若年でみられる。
    約半数に腎症を合併する。症状としては無症候性の蛋白尿や血尿がみられるが、高度蛋白尿やネフローゼ症候群を呈することがある。腎予後については高齢まで比較的保たれる場合が多いとされるものの、若年から腎機能低下を来し、腎不全に至る症例が一部存在する。腎機能低下は高度な蛋白尿を呈する症例に顕著である。 組織学的には光学顕微鏡レベルでは特異的な所見はないが、特徴的な所見としては電子顕微鏡所見では糸球体基底膜が不規則に肥厚し、またその緻密層に虫食い像(moth-eaten appearance)やIII型コラーゲンの沈着を認める。
    (2)LMX1B関連腎症
    腎外合併症はなく、腎症(蛋白尿あるいは血尿)、腎機能障害を呈する。ネイルパテラ症候群の腎組織像と同様の電子顕微鏡所見を示す場合と、示さない場合が報告されている。小児期から中年期にかけて腎機能が低下し、一部の症例では末期腎不全に至る。
  • 治療法
    ネイルパテラ症候群における爪、膝、肘関節の異常に対しては効果的な治療法はない。一部の患者で関節症状や緑内障に対して手術療法が必要になる場合がある。 腎症に対しては特異的な治療法は存在しないが、腎機能に応じた慢性腎疾患の治療を行う。慢性的な糸球体(特に上皮細胞)障害に対し、アンジオテンシン変換酵素阻害薬やアンジオテンシンII受容体拮抗薬などの腎不全予防治療が一定の効果を有すると考えられている。末期腎不全に至った場合には維持透析あるいは腎移植を要する。
  • 予後
    腎症が生命予後を規定する。3~5割に腎症を合併する。小児期に発症することも多い。そのうち1~3割で末期腎不全へと進行する。

○ 要件の判定に必要な事項

  • 患者数
    約500人
  • 発病の機構
    不明(LMX1B遺伝子異常によることが明らかになっているが、発病の機構は不明。)
  • 効果的な治療方法
    未確立(対症療法のみである。)
  • 長期の療養
    必要(腎不全に対する治療や腎代替療法が必要となる場合がある。)
  • 診断基準
    あり(日本腎臓学会と研究班が共同で作成した診断基準)
  • 重症度分類
    慢性腎臓病重症度分類で重症に該当するもの(下図赤)あるいはいずれの腎機能であっても尿蛋白/クレアチニン比 0.5g/gCr以上のものを、重症として対象とする。

<診断基準>
(1)ネイルパテラ症候群の診断基準

A.主項目

爪の低形成あるいは異形成 (手指に多く、特に母指側に強い。足趾にある場合は小指側が強い。程度は完全欠損から低形成まで様々である。三角状の爪半月のみを呈する場合や、縦走する隆起やさじ状爪、変色、割裂等がみられることもある。生下時から認められることが多いが、軽症であると気づかれにくい。)

B.副項目

  • 膝蓋骨形成不全
  • 肘関節異常
  • 腸骨の角状突起

C.遺伝学的検査

LMX1B遺伝子のヘテロ接合体変異

D.鑑別診断

以下の疾病を鑑別し、全て除外できる。

  • Meier-Gorlin 症候群(OMIM224690)
  • Genitopatellar症候群(OMIM606170)
  • DOOR症候群(OMIM220500)
  • 8トリソミーモザイク症候群
  • Coffin-Siris症候群 (OMIM135900)/BOD症候群(OMIM113477)
  • RAPADILINO症候群(OMIM266280)

E.参考項目

  • ネイルパテラ症候群の家族歴
  • 腎障害(血尿、蛋白尿あるいは腎機能障害)
  • 腎糸球体基底膜の特徴的電顕所見
    (腎障害があった場合に腎生検を検討するが、本症の診断上は必須ではない。病理像としては腎糸球体基底膜の肥厚と虫食い像(moth-eaten appearance)が特徴的である。肥厚した糸球体基底膜中央の緻密層やメサンギウム基質内にIII型コラーゲン線維の沈着が見られる。これらの線維成分はリンタングステン酸染色あるいはタンニン酸染色で染色される。)

<診断のカテゴリー>

Definite:Aを満たし+Bの1項目以上あるいはCを満たし+Dを除外したもの

(2)LMX1B関連腎症の診断基準

A.主項目

  • 腎障害 (血尿(定性で1+以上)、蛋白尿(尿蛋白0.15g/gCr以上)又は腎機能障害(eGFR<90mL/分/1.73m2以下))
  • ネイルパテラ症候群の診断基準を満たさない。

B.副項目

腎糸球体基底膜の特徴的電顕所見 (腎生検病理において、腎糸球体基底膜の肥厚と虫食い像(moth-eaten appearance)を認め、さらにリンタングステン酸染色あるいはタンニン酸染色により基底膜内に線維成分が染色される。)

C.遺伝学的検査

LMX1B遺伝子のヘテロ接合体変異
注.尿所見異常あるいは腎機能障害があり、腎生検所見で腎糸球体基底膜の特徴的電顕所見が有った場合あるいは常染色体優性遺伝形式を示す家族歴を有する場合にLMX1B遺伝子検査を考慮する。

<診断のカテゴリー>

Definite:Aの2項目+BあるいはCの少なくとも1項目を満たすもの ただし、腎障害を来す他の原因(腎の形態異常やLMX1B以外の腎疾患の原因となる既知の遺伝子異常)を有するものは除外する。

<重症度分類>

慢性腎臓病重症度分類で重症に該当するもの(下図赤)あるいはいずれの腎機能であっても尿蛋白/クレアチニン比 0.5g/gCr以上のものを、重症として対象とする。

※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項

  • 病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
  • 治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
  • なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。

この病気に関する資料・関連リンク

ページトップへ