鰓耳腎症候群(さいじじんしょうこうぐん)とはBOR(Branchio-oto-renal)症候群とも呼ばれ、頸瘻(けいろう)・耳瘻孔(じろうこう)・耳介の奇形など(鰓原性奇形と呼ばれます)に、難聴、腎臓の形態異常(先天性腎尿路奇形 congenital anomalies of the kidney and urinary tract: CAKUT*)を伴う病気です。腎臓の形態異常を伴わない場合のBO(Brachio-oto)症候群とは同じ病気と考えられています。常染色体優性遺伝形式を示しますが家族歴のない場合もあります。腎臓の形態異常のうち低・異形成腎を合併する場合には将来的に腎機能を喪失し、透析療法や腎移植を必要とすることも少なくありません。
*本HPのCAKUTの項目をご参照ください。
*頸瘻と耳瘻孔について
頚瘻とは頚部の筋肉(胸鎖乳突筋)の前縁に沿ってできる瘻孔(小さな穴)のことであり、その小さな穴から連続して液体がたまった小さな袋である嚢胞を伴うことがあります。耳瘻孔とは耳の付け根付近にできる小さな穴(瘻孔)です。
・第二鰓弓奇形(だいにさいきゅうきけい):鰓溝性瘻孔(さいこうせいろうこう)あるいは鰓溝性嚢胞(さいこうせいのうほう)とよばれる身体症状があります。
鰓溝性瘻孔は頚部の筋肉である胸鎖乳突筋の前方で、通常は頸部の下方1/3のところにある小さな穴です。鰓溝性嚢胞は鰓溝性瘻孔からつながっている液体がたまった小さな袋のことで胸鎖乳突筋の奥にあり、通常は舌骨の上方に触れます。鰓弓耳腎症候群の患者さんのうちの50%程度に合併するとされます。
・難聴は90%以上の患者で認められますが程度は軽度から高度まで様々であり、種類も伝音性、感音性、混合性のいずれもあり得ます。伝音性難聴は、外耳や中耳になんらかの障害があることで起こるのに対し、感音性難聴は、内耳、蝸牛神経、脳の障害によって起こります。さらに伝音難聴と感音難聴の2つが合併したタイプの軟調が混合性難聴です。
鰓弓耳腎症候群の難聴はほとんどが先天性で非進行性ですが、内耳奇形の一種である前庭水管拡大症を伴うと進行性となります。
・その他、耳前瘻孔(53%)、耳介変形(38%)、副耳(12%)、外耳道閉鎖(12%)、中耳奇形、内耳奇形がみられます。
・腎臓の形態異常(先天性腎尿路奇形*):鰓耳腎症候群の患者さんの40%程度に腎臓の形態異常を合併するとされ、中でも低形成腎を最も高頻度で認めます(29%)。その他水腎症(14%)や無形成腎(9%)、多嚢胞性異形成腎、水尿管症、尿道狭窄、膀胱尿管逆流症なども見られます。腎臓の形態異常を合併した患者さんのうちの30%弱の患者さんが末期腎不全に至り腹膜透析や血液透析、腎移植を行っています。
*本HPのCAKUTの項目をご参照ください。
・知的障害や精神運動発達遅滞の合併頻度は典型的な鰓弓耳腎症候群の患者さんでは多くはありません。知的障害や精神運動発達遅滞を合併している場合は他の疾患を示唆している可能性があります。
鰓耳腎症候群に対する特別な治療方法はありません。ただし、多くの鰓耳腎症候群の患者さんは難聴と腎尿路奇形に対する管理が適切に行われれば良好な社会生活を送る事が可能です。
・第二鰓弓奇形と耳前瘻孔
鰓原性奇形に対しては、耳前瘻孔、頸瘻孔などが感染した場合にはまず抗菌薬による治療が行われます、感染の再発を繰り返す場合には外科的切除が行われます。耳介奇形や副耳に対しては審美的な理由により形成外科手術が考慮されます。
・難聴
鰓耳腎症候群における聴力障害は新生児聴覚スクリーニング等により出生後早期から発見される場合も多いです。
★新生児聴覚スクリーニングについて
新生児聴覚スクリーニング検査とは、早期に難聴の有無を発見するために新生児期に行う聴覚検査です。新生児スクリーニング検査には現在、OAE(耳音響放射)と自動ABR(自動聴性脳幹反応)の2つの方法が使用されており、通常出生後の入院中に行うことが多いです。OAEは音に反応して内耳から返ってきた反響音を検査し、自動ABRは、小さい音をイヤホンから聞かせて脳からの電気的反応を皮膚表面の電極にて検出します。どちらの検査も痛みなど検査による負担は全くなく、眠っていれば、数分から10分以内で終わります。新生児聴覚スクリーニングの結果、早期支援を要するお子さんが1000人中1~2人程度見つかると考えられています。
聴力障害に対しては言語発達への影響を考慮し、できるだけ早期の治療開始がのぞましいです。鰓耳腎症候群における聴力障害の原因はさまざまです。伝音性難聴に対して鼓室形成術や鼓膜のチュービングなど外科手術が行われますが、複数回手術を行っても十分な聴力の改善が得られないこともあります。こうした患者さんに対しては人工内耳の埋め込み術が有用であったとの報告もある他、補聴器の使用も有用です。難聴のそれぞれの原因に対して適切な治療を行う事が重要です。
★人工内耳について
日本耳鼻咽喉科学会サイト(https://www.jibika.or.jp/modules/hearingloss/index.php?content_id=3)
・腎臓の形態異常
腎臓の形態異常に対しても対処療法が基本となります。腎盂尿管移行部狭窄*などによる水腎症*や膀胱尿管逆流症*などに対しては外科的手術が必要になる場合があります。腎機能障害の重症度は、個人差があり正常な場合もあれば、腎保護作用のある降圧薬の一種であるアンギオテンシン変換酵素阻害薬やアンギオテンシンII受容体拮抗薬などによる薬物療法のみを必要とする場合もあれば、重度の腎の低形成や異形成を伴う場合には、将来的に末期腎不全に進展して血液・腹膜透析や腎移植といった腎代替療法が必要になる事もあります。鰓耳腎症候群の予後は腎臓の形態異常の程度に依存すると考えられており、腎症状の早期の発見と治療介入がのぞまれます。そのため、耳介変形や難聴、頚瘻孔などにより鰓耳腎症候群を疑った場合には超音波検査を含む精査を行うことが望ましいでしょう。
・遺伝カウンセリング
鰓耳腎症候群の90%は家族性であり、そのため鰓耳腎症候群の患者さんにおいては遺伝カウンセリングが重要となります。遺伝カウンセリングとは、臨床遺伝専門医や遺伝カウンセラーが、遺伝性の疾患をもつ患者や家族の遺伝に関わる悩みや不安、疑問などを解決するために行います。科学的根拠に基づく正確な医学的情報を分かりやすく伝え、理解できるように説明すると同時に、自らの力で医療技術や医学情報を利用して問題を解決して行けるよう、心理面や社会面も含めた支援を行うものです。鰓耳腎症候群は常染色体優性遺伝であり、患者さんのお子さんがBOR症候群を発症する確率は50%となります。ただし、同一の遺伝子異常を持つ同胞(兄弟姉妹)間でも症状や重症度が異なる場合もあり、例えば鰓耳腎症候群の兄弟で腎臓の形態異常を伴うお子さんと伴わないお子さんがいることもあります。遺伝学検査による診断の確定は患者さんの治療方針を 考えるうえで極めて有用です。なお遺伝子検学的検査は血液検査で調べることが可能です。
2010年の厚生労働省研究班の調査によると、わが国の患者数(医療受療者数)は250人程度とされています。
男女差はありません。難聴や頚瘻孔、耳瘻孔、耳介の異常などで生後早い時期に気づかれることが多いです。腎臓の形態異常は重症であれば生後早い時期に気づかれますが、そうでない場合には成人となってから健康診断で見つかる場合もあります。頚瘻孔や耳瘻孔、難聴があってほかに大きな病気がないという方は一度この病気の可能性を考えて腎臓の検査(超音波検査など)を受けることをお勧めします。
遺伝子とは、いわば体内で作られるタンパク質の設計図です。この病気の患者さんの40%程度は8番染色体にあるEYA1という遺伝子の変化(遺伝カウンセリングでは異常という表現を避けます)によって発症するとされます。一部の患者さんは14番染色体にあるSIX1という遺伝子の変化でも発症します。このEYA1遺伝子とSIX1遺伝子作っているタンパク質は体内では複合体を作っているため、いずれの変化でもほぼ同様の症状になります。
鰓耳腎症候群は常染色体優性遺伝形式で発症する遺伝性疾患です。そのため、ご両親のどちらかがこの病気である場合、50%の確率でお子さんに遺伝する可能性があります。ただし、ご両親ともにこの病気でなくても、新しく発生した遺伝子の変化により(新規変異)、お子さんだけが発症する場合もあります。
多くの患者さんは生後に受けた聴力検査などをきっかけに難聴で気づかれます。聴力が悪いまま放置すると言葉の獲得が遅れたり、手話による会話が必要になる場合もあるので注意が必要です。腎臓の形態異常は腎臓の超音波検査や血液検査での腎機能障害で初めて気づかれることが多いですが、腎臓の病気が進行すると透析や腎移植が必要になることがあります。聴力と腎臓の病気をうまく管理・治療すれば健常な方と同じ生活を送ることができます。
難聴については難聴を専門とする小児耳鼻咽喉科医が所属する専門機関で治療してもらい、必要に応じて言葉のトレーニングを受ける必要があります。また内耳奇形の一部のものは頭部へ衝撃により症状が影響される可能性があるため注意が必要です。腎臓の悪い患者さんは、腎臓専門医の指導のもと水分を十分に摂る、塩分を適切に摂ることが必要になります。
*本HPのCAKUTの項目をご参照ください。