小児特発性ネフローゼ症候群

小児特発性ネフローゼ症候群とは

 ネフローゼ症候群とは大量の蛋白尿のために、血液中の蛋白質(特にアルブミン)が減ってしまうこと(低蛋白血症/低アルブミン血症)が特徴の疾患です。蛋白質(アルブミン)は血管の中に水をとどめておく作用があるので、低蛋白血症/低アルブミン血症になると血管内の水分が血管外に漏れて浮腫(むくみ)が出現しやすくなります。
 ネフローゼ症候群のうち、明らかな原因がないものを特発性(一次性)ネフローゼ症候群といい、糖尿病や膠原病などの全身性疾患が原因でネフローゼ症候群をきたすものを続発性(二次性)ネフローゼ症候群といいます。小児では成人と比べ特発性ネフローゼ症候群が多いのが特徴です(約90%、成人は約40%)。

小児特発性ネフローゼ症候群の症状

 浮腫が出やすく、皮膚の下に水分が貯まるため夜間に重力のかかる顔面や日中に重力がかかる下肢に目立ちます。皮膚の下のだけでなく、胸やお腹にも水が溜まることもあります(胸水・腹水)。また、腸がむくむことで、嘔気・嘔吐、腹痛、下痢などの腹部の症状が起こることもあります。あるいは血管内から水分が漏れるため血管内を循環する血液の量が減って低血圧や腎機能障害などを起こすこともあります。

小児特発性ネフローゼ症候群の治療

 小児特発性ネフローゼ症候群は、自然に改善することは希であり、ステロイド薬がよく効く(約90%)ことが特徴の1つで、まずはステロイド薬を用いた薬物療法を行います。
 ステロイド薬によって約90%の人で蛋白尿が消失しこれを寛解と呼びます。しかし、小児特発性ネフローゼ症候群は再発することが多いことも特徴の1つで、約70-80%の方が一度寛解しても再び蛋白尿が出現して再発し、寛解と再発を繰り返します。

 約30-40%の方は再発が多い頻回再発型であり、ステロイドの副作用が強く出てしまうので、免疫抑制薬を使って再発を防止します。免疫抑制薬を使用しても再発を繰り返す場合には、最近ではリンパ球に対する抗体である生物学的製剤を使用することがあります。
 浮腫が強い場合には尿を出す利尿薬を使用したり、腹部の症状が激しい場合や循環する血液の量が少ない場合には、ヒトの血液から作られた血液製剤であるアルブミン製剤を使用したりすることがあります。

一部(約10%)のステロイドが効きにくい(ステロイド抵抗性)方には、ステロイド薬と免疫抑制薬を組み合わせた様々な治療が試みられています。

Q&A

1. この病気の患者さんはどのくらいいるのですか

 日本では、1年間に小児10万人あたり6.5人(1年間に約1000人)が新たに特発性ネフローゼ症候群を発症しています。この人数は、欧米諸国の約2-3倍といわれています。

2. この病気はどのような人に多いのですか

ネフローゼ症候群は小児から高齢者までみられますが、小児特発性ネフローゼ症候群は男の子に多く、女の子の1.2-2倍の頻度です。好発年齢は2-5歳頃で、約半分のお子さんが5歳未満で発症します。

3. この病気の原因はわかっているのですか

 小児のネフローゼ症候群の約90%は原因不明な特発性ネフローゼ症候群で、原因は残念ながらまだ良く分かっていません。各種治療が効きにくいステロイド抵抗性ネフローゼ症候群の一部では遺伝子の異常が関与していることが分かってきています。

4. この病気は遺伝するのですか

 小児のネフローゼ症候群の約90%は原因不明な特発性ネフローゼ症候群で、遺伝性はありません。しかし、遺伝子の関与が明らかになっているステロイド抵抗性ネフローゼ症候群の一部の方では、その方の家系で遺伝性が報告されている場合もあります。

5. この病気はどういう経過をたどるのですか

 ネフローゼ症候群のタイプによって経過は大きく異なります。

 小児特発性ネフローゼ症候群に多い、ステロイドが効くタイプ(ステロイド感受性)のネフローゼ症候群の場合は、腎臓の機能が低下することは少ないものの、再発することが多く(約70-80%)、そのうちの約半数は再発が多いため免疫抑制薬を必要とする頻回再発型です。また、免疫抑制薬を減量・中止すると再発を繰り返す方も少なくありません。以前は成人期に再発する患者さんは少ない(約10%)とされていましたが、最近では約20-50%の患者さんが成人になっても再発を繰り返すため、成人医療(内科)への移行が必要であるとされています。

 ステロイドが効きにくいタイプ(ステロイド抵抗性)のネフローゼ症候群の場合は、蛋白尿が改善・消失しないと末期腎不全に進行し人工透析や腎移植を必要とする方が多かったのですが、最近は治療の進歩により予後は改善しています。しかし、なお様々な治療を行っても効果が乏しく、末期腎不全に陥ってしまう方もいらっしゃいます。

 いずれのタイプでも、長期の経過観察と治療が必要であり、ステロイドや免疫抑制薬を2年以上続ける必要がある方も少なくありません。

6. この病気の日常生活での注意点についておしえてください


6-1.薬を内服するときに注意することはありますか?


 まず、ステロイド薬や免疫抑制薬など処方された薬を指示通りに確実に服用して下さい。ステロイド薬の副作用である肥満などを嫌って指示通り服薬せず、再発を繰り返したり、場合によっては生命に危険が及ぶ状況に陥ってしまったりする患者さんもいらっしゃいます。

 また免疫抑制薬であるシクロスポリン(商品名:ネオーラル)あるいはタクロリムス(商品名:プログラフ)を飲まれている場合にはグレープフルーツ類(他にスウィーティ、ザボン、ダイダイ、八朔など)は血中濃度を上昇させますので避けて下さい。柑橘系のジュース類に大きくは明示されずに含まれている場合もありますのでご注意下さい。


6-2. 自宅で尿検査を行ったほうがいいですか?


 ネフローゼ症候群はいったん蛋白尿が消失(寛解)しても、後に再び蛋白尿が出現(再発)することが多い病気です。早く再発をみつけることができれば、むくみ(浮腫)やネフローゼ症候群の様々な合併症が出る前にステロイドの治療を始めることができ、本人の体の負担が少なくて済みます。そのため、確実に定期受診するだけでなく、ご自宅での定期的な尿検査を行っていただくことが重要です。


6-3.食事で気をつけるべきことはありますか?


 再発時(蛋白尿が出ている時)には塩分の多い食事はむくみ(浮腫)を悪化させますので塩分は控えめにして下さい。水分の制限は循環する血液の量を減少させ全身状態を悪化させる危険性があるため行いません。たんぱく質やエネルギー(熱量、カロリー)も年齢に見合った量を摂取し制限は行いません。

 寛解時(蛋白尿が出ていない時)には特に食事の制限はありません。ただし、ステロイドの副作用により肥満しやすく食欲も増しているため、エネルギー(熱量、カロリー)の摂取が過剰にならないよう厳重に気をつけて下さい。定期的な体重測定が必要です。

 特定の免疫抑制薬を内服している間には、グレープフルーツ類(他にスウィーティ、ザボン、ダイダイ、八朔など)を避けていただきます(6-1を参照ください)。


6-4.運動をしてもいいですか?


 運動の制限は基本的に全く必要ありません。遠足や体育大会などへの参加も制限していません。ただし、再発時にむくみ(浮腫)が強い時は運動を控えていただくことがあります。また、長期間のステロイド使用により骨がもろくなってしまう場合があります。骨密度検査の異常が強い場合には、背骨に強い衝撃が加わるコンタクトスポーツ(柔道、ラグビーなど)は控えていただくことがあります。


6-5.感染予防やワクチンについて教えて下さい。


 感染症が再発の契機となる場合が多く、また、ステロイド薬や免疫抑制薬の副作用のために感染症が重症化する危険性があるため、感染予防が重要です。手洗いやうがいを起床時や帰宅時、食事前などにきちんと行いましょう。

 また、ステロイドや免疫抑制薬を服用中でもインフルエンザや肺炎球菌などの不活化ワクチンの接種は可能ですのでお勧めしています。ただし薬剤の量や種類が関係しますので主治医とご相談下さい。生ワクチンはステロイド薬や免疫抑制薬の服用中は原則接種できませんが、接種が必要な場合もありますのでやはり主治医とご相談下さい。なお、病気のために定期接種の機会を逃した場合には接種できない状況を脱した日から2年間は定期接種として接種できる制度(長期療養特例)がありますので、主治医あるいは市区町村の担当部署にお問い合わせ下さい。

診断・治療指針
(医療従事者向け)

○ 概要

  • 概要
    ネフローゼ症候群は、糸球体毛細血管係蹄壁の障害により大量の糸球体性蛋白尿を来し、低アルブミン血症や浮腫が出現する腎疾患群である。小児ネフローゼ症候群の診断基準は、➀高度蛋白尿(夜間蓄尿で 40mg/hr/m2以上)又は早朝尿で尿蛋白クレアチニン比 2.0g/gCr以上が持続し、②低アルブミン血症(血清アルブミン2.5g/dL以下)を認めるものである。このうち、原因疾患があるものが二次性、明らかな原因疾患がないものが一次性(特発性)ネフローゼ症候群と診断される。
    (*成人ネフローゼ症候群の診断基準は、尿蛋白3.5g/日以上(随時尿において尿蛋白/尿クレアチニン比が3.5g/gCr以上の場合もこれに準ずる)が継続し、血清アルブミン値が3.0g/dL以下に低下することである。)
  • 原因
    ネフローゼ症候群の原因は病型により異なると考えられており、小児特発性ネフローゼ症候群の多くを占める微小変化型ネフローゼ症候群においては、①T細胞機能異常,②液性因子(circulating factor)、③遺伝子異常(スリット膜などを中心としたポドサイト構成成分の)、が考えられている。まず1974年にShalhoubが、T細胞関連の「リンパ球機能異常説」を提唱した。その後、ステロイド抵抗性ネフローゼ症候群の液性因子を同定しようとする多くの試みがなされ、ヘモペキシン,血管透過性亢進因子(vascular permeability factor:VPF),血管内皮細胞増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)、活性酸素,可溶性ウロキナーゼ受容体(soluble urokinase receptor:suPAR)、インターロイキン-13および18,tumor necrosis factor alpha(TNFα),cardiotrophin-like cytokine factor 1(CLC-1)などが報告されているが、いまだに再現性のある結果が得られているものがない。また、かつてから免疫異常の病因への関与と発症頻度における人種差から、特発性ネフローゼ症候群(特にステロイド感受性)における疾患感受性遺伝子としてHLAの関与が示唆されており、近年のゲノムワイド関連解析(Genome Wide Association Study:GWAS)から、日本人ではHLA-DR/DQとの関連が示唆されている。
  • 症状
    大量の蛋白尿、低アルブミン血症・低タンパク血症に起因する全身性浮腫を呈し、しばしば5%以上の体重増加を認める。高度の場合には胸水や腹水、腎機能低下(急性腎障害、慢性腎障害)、脂質異常症、凝固線溶系異常とそれに伴う血栓症、免疫異常症とそれに伴う感染症などさまざま症状を伴う。
    また、治療薬による合併症も重要である。ステロイド薬による治療により、高血圧、高眼圧、白内障、胃潰瘍、骨粗鬆症、成長障害などが生じうる。免疫抑制薬の併用で感染症のリスクが増加する。
  • 治療法
    小児特発性ネフローゼ症候群はその多くが微小変化型である。そのため、初発、再発時ともにステロイド(プレドニゾロン)を第一選択薬として治療を開始することが推奨されている。わが国では、頻回再発型およびステロイド依存性ネフローゼ症候群にはシクロスポリン、シクロホスファミド、ミゾリビン(適応外使用)のいずれかが用いられることが多い。既存の免疫抑制薬では管理が困難な難治性頻回再発型およびステロイド依存性ネフローゼ症候群にはリツキシマブが用いられることがある。また、ステロイド抵抗性ネフローゼ症候群に対しては、ステロイド経口投与にシクロスポリンあるいはステロイドパルス療法のいずれかの併用、あるいは両者の併用が行われる。
    軽度の浮腫に対しては治療が不要なことが多く、利尿薬やアルブミン製剤の安易な使用は推奨されない。難治性で症状を伴う浮腫に対しては、体液分布を評価したうえで塩分制限、利尿薬、アルブミン製剤使用を選択して使用する。
  • 予後
    小児の特発性ネフローゼ症候群はステロイド投与により80~90%は完全寛解となり、ステロイド感受性ネフローゼ症候群とよばれる。しかしその70~80%は再発を起こし、そのうち半数が頻回再発例(頻回再発型およびステロイド依存性)である。頻回再発型およびステロイド依存性ネフローゼ症候群では、肥満、成長障害、高血圧、糖尿病、骨粗鬆症、副腎不全等のステロイドによる薬物有害反応が発現しやすい。
    ステロイド治療に反応しないステロイド抵抗性ネフローゼ症候群は10~15%である。ステロイド抵抗性ネフローゼ症候群のうち、免疫抑制薬などの併用により寛解に導入できない場合は、10年で30~40%が腎不全に進行する。

<小児特発性ネフローゼ症候群の診断基準>

  • 高度蛋白尿(夜間蓄尿で 40mg/hr/m2以上)又は早朝尿で尿蛋白クレアチニン比 2.0g/gCr以上
  • 低アルブミン血症(血清アルブミン2.5g/dL以下)

診断のカテゴリー

1と2を同時に満たし、明らかな原因疾患がないものを小児特発性(一次性)ネフローゼ症候群と診断する。

鑑別診断

以下項目を鑑別し、全て除外できる。
(二次性ネフローゼ症候群の原因疾患)
・自己免疫疾患:ループス腎炎、IgA血管炎、血管炎
・代謝性疾患:糖尿病性腎症
・パラプロテイン血症:アミロイドーシス、クリオグロブリン、重鎖沈着症、軽鎖沈着症
・感染症:溶連菌感染症、ブドウ球菌感染症、B型・C型肝炎、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)、パルボウイルスB19梅毒、寄生虫(マラリア、シストゾミア)
・アレルギー・過敏性疾患:花粉症、蜂毒、ブユ刺虫症、ヘビ毒、予防接種
・腫瘍:固形癌、多発性骨髄腫、悪性リンパ腫、白血病
・薬剤:ブシラミン、D—ペニシラミン、金製剤、非ステロイド性消炎鎮痛薬
・遺伝性疾患:アルポート症候群、ファブリー病、ネイルパテラ症候群(爪膝蓋骨症候群)
・その他:妊娠高血圧腎症、放射線腎症、移植腎における拒絶反応

<重症度判定基準>

ア~ウのいずれかに該当する場合。
ア 半年間で3回以上再発した場合又は1年間に4回以上再発した場合。*
イ 治療で免疫抑制薬又は生物学的製剤を用いる場合。
ウ 腎移植を行った場合。
*再発
試験紙法で早朝尿蛋白 3+以上を3日連続して示すもの

この病気に関する資料・関連リンク

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